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【論文紹介】境界性パーソナリティ障害と信頼関係の研究

はじめに

境界性パーソナリティ障害(BPD)は、感情の不安定さ、衝動性、そして何よりも対人関係の問題を特徴とする複雑な精神疾患です。BPDを持つ人々は、他者との関係を築くことに苦労し、しばしば信頼の問題に直面します。しかし、この信頼プロセスの障害がどのようにしてBPDの対人関係の問題に影響を与えるのか、そのメカニズムはまだ十分に理解されていません。

今回紹介する学術論文は、BPDを持つ人々の信頼プロセスの障害を多面的に解明し、その包括的なモデルを提案しています。このモデルは、BPDの対人関係の問題を理解し、治療に役立てるための重要な一歩となるでしょう。

以下では、この論文の主要な内容を詳細に紹介し、BPDの信頼プロセスに関する新たな理解を深めることを目指します。

論文の概要

BPDと信頼プロセスの障害

BPDの核となる症状の一つは、不安定な対人関係です。著者らは、信頼プロセス(他者の信頼性の評価とその更新)の障害が、BPDの対人関係の問題と深く関連していると指摘しています。信頼プロセスを理解することは、BPDの治療において感情の不安定さや衝動性、攻撃性に焦点を当てるだけでなく、対人関係の問題にも対処するのに役立つと述べています。

信頼プロセスの多段階モデル

著者らは、信頼プロセスを以下のような多段階のモデルで説明しています。

  1. 発達的要因: 児童期の愛着スタイルが、成人期の信頼プロセスに影響を与える。
  2. 先行要因: 非機能的認知が、信頼プロセスに影響を与える。状況認知も関与する。
  3. 信頼の評価: 他者の信頼性を評価する過程。BPD患者は、この段階でネガティブなバイアスを示すことがある。
  4. 行動的表出: 信頼に基づく協調的行動。BPD患者は、協調関係の破綻を起こしやすい。
  5. 信頼の学習: 新しい経験に基づいて、他者の信頼性の評価を更新する。BPD患者では、この過程に困難がある。

各段階におけるBPD特有の逸脱

著者らは、それぞれの段階におけるBPD特有の逸脱に関する証拠を概説しています。

  • 発達的要因: 思春期のBPD患者は両親への信頼が低いこと、幼少期のトラウマが成人期の信頼行動に影響を与えることが報告されています。
  • 先行要因: BPD患者は他者を信頼できないという非機能的認知を持っていること、拒絶に対する過敏さが信頼障害と関連していることが示唆されています。オキシトシンの逆説的な影響も報告されています。
  • 信頼の評価: BPD患者は健常者よりも顔の信頼性を低く評価する傾向があり、前頭葉皮質の活動が低下していることが報告されています。
  • 行動的表出: 経済ゲーム課題を用いた研究では、BPD患者は協調的な行動の破綻を起こしやすく、その修復が難しいことが示されています。
  • 信頼の学習: BPD患者では他者の信頼性を柔軟に更新することが困難であることが示唆されています。精神療法によって、この過程が改善できる可能性も示唆されています。

臨床的示唆と今後の研究

著者らは、このモデルがBPDの信頼プロセス障害の段階を特定するのに有用であり、他の精神疾患との比較研究にも利用できると述べています。また、信頼プロセスの評価は、BPD患者の治療遵守の予測にも役立つ可能性があると示唆しています。

専門用語集

この論文をより深く理解するために、以下にいくつかの重要な専門用語を紹介します。これらの用語は、BPDや信頼プロセスに関する研究を理解する上で欠かせないものです。

  1. 境界性パーソナリティ障害(BPD): 感情の不安定さ、衝動性、対人関係の問題を特徴とする精神疾患。対人関係における信頼の問題がしばしば見られる。
  2. 信頼プロセス: 他者の信頼性を評価し、その情報を更新する心理的な過程。BPD患者ではこのプロセスに障害があることが示唆されている。
  3. 非機能的認知: 現実に即していない、または適応的でない思考パターン。BPD患者は他者を信頼できないという非機能的認知を持つことがある。
  4. 愛着スタイル: 児童期の親子関係が形成する、他者との関係における安心感や信頼感の基本的なパターン。成人期の信頼プロセスに影響を与える。
  5. オキシトシン: 社会的結びつきや信頼を促進するとされるホルモン。BPD患者ではオキシトシンが信頼を低下させる逆説的な影響を持つことがある。
  6. 前頭葉皮質: 脳の前部に位置する領域で、意思決定や社会的認知に関与する。BPD患者ではこの領域の活動が低下していることが報告されている。
  7. 経済ゲーム課題: 他者との協調や競争を模擬する心理学的実験。BPD患者は協調的な行動の破綻を起こしやすいことが示されている。

これらの用語を理解することで、BPDと信頼プロセスの複雑な関係についてより深い洞察を得ることができます。

論文

Preti, E., Richetin, J., Poggi, A., & Fertuck, E. (2023). A model of trust processes in borderline personality disorder: A systematic review. Current Psychiatry Reports, 25(3). https://doi.org/10.1007/s11920-023-01468-y